コロナ禍で中小企業でもデジタル・トランスフォーメーション(DX)が加速しています。神戸の老舗珈琲卸、萩原珈琲株式会社は約1年間、副業人材を活用しECを強化しました。その結果、顧客リピート率がコロナ前の約2.5倍に増え、大きな成果を上げました。どのように業務を進めたのか、結果が出た要因は何かを、4代目の萩原英治・代表取締役マネージャーに聞きました。
- コロナ禍で卸先が休業 売り上げ55%減
- 10年以上前からあったECサイト でも…
- 「カゴ落ち」など課題を抽出、数十カ所を改良
- 社内でウェブ分析ができるように 社員教育も
- 「PDCAは自社でやるもの」 軽やかに吹き飛んだ固定観念
目次
コロナ禍で卸先が休業 売り上げ55%減
神戸市灘区に本社を構える萩原珈琲株式会社は、創業93年の老舗。関西圏を中心に北海道から長崎県まで喫茶店や菓子店、レストランなど約1000カ所にコーヒーを卸しています。関西で直営店7店も展開。萩原マネージャーは4代目で、現在は父・孝治郎氏が代表取締役社長に就いています。
コロナ禍は同社にも大きな影響を与えました。萩原マネージャーは「最初の緊急事態宣言(2020年3月)が出て、卸先である喫茶店が休業したり、イートインをストップしたりする店舗が増え、売り上げが落ちました」と話します。 昨年4月の売り上げは前年同月比で55%減という厳しい状況でした
10年以上前からあったECサイト でも…
萩原マネージャーは販路を広げるため、ECを強化することを決めます。「うちは関西圏では7割のシェアがありますが、関東は弱い。関西以外でも認知度を高めたかった」(萩原氏)。 実は10年以上前からECサイトはありましたが、取引先である飲食店への遠慮もあって、それほど力を入れていませんでした。
しかし「全国に萩原珈琲のファンを増やすことで、当社の豆を扱う喫茶店に行くきっかけづくりにしたい」と考えを変えました。「目指す山」の大義を「取引先の喫茶店の利用客を増やすこと」に据えたのです。 社内にはデジタル戦略を担う人材や、ノウハウはないため、副業人材の活用に踏み切りました。 きっかけは、地元の神戸市がJOINSと締結した連携協定です。JOINSの人材マッチングシステムを使い、2020年6月に大手IT企業でウェブマーケティングを行う30代の男性と契約しました。
・卸先への遠慮は、取引先の喫茶店の利用客を増やすことに「登る山」の大義を転換
「カゴ落ち」など課題を抽出、数十カ所を改良
男性はまず、サイトのデータ分析と課題の洗い出しをスタート。 「カゴ落ち」と呼ばれる、商品をカートに入れたものの購入せずに離脱してしまうケースが多いことや、購入金額が確認しにくいといった課題が見付かりました。
「ザルのようなECサイトでは、せっかくお客様がサイトを訪れてもすぐに離れてしまう」。萩原珈琲のメンバーと男性は次の3つのステップをつくりました。
①リピート率の向上
顧客が使いやすいECサイトに作り替え、まずはリピート率を上げることをゴールにしたロードマップを策定。 改良を加えた箇所は数十カ所に及びます。また、四半期ごとに異なる指標のデータを抽出し、ECサイトを改善していきました。
さらに顧客の注文履歴を分析すると、過去に買った珈琲と同じものを買う人が多いことが分かりました。そこでサイトを訪れた人が、多くの珈琲豆に興味を持ってもらえるようにある工夫をしたのです。
その一つが、世界地図にコーヒー豆の産地を載せたページです。ジャマイカやエチオピア、ベトナムなどの国旗をクリックすると、苦みや酸味など産地ごとの珈琲の特徴が分かります。こうした小さな改善を繰り返すことで次第に新規顧客数、リピート率ともに伸び始めました。
②新規訪問者の初回購入率の引き上げ
ECサイトの課題の洗い出しの段階で、閲覧中の購入金額が確認しにくい点が挙げられていました。このため、購入した商品と金額が分かりやすいよう改善しました。
③新規訪問者の増加
新規訪問者の増加に向けて、現在の萩原珈琲が走っているのはこの段階です。SNSなどを積極的に活用しています。
社内でウェブ分析ができるように、社員への教育も
社内ではどんな体制を組んだのでしょうか。副業の男性と萩原珈琲の営業やデザイナー、総務担当者の4人でプロジェクトを立ち上げました。関東に住む副業人材とのやり取りは、メールやウェブ会議が中心だったといいます。会議には同社がECサイト制作を委託する業者も加わり、3者で話し合いを進めました。
サイト改善と並行して副業の男性が力を入れたのが、萩原珈琲の社員が自分たちでウェブの分析ができるようにしたことです。 副業人材が業務を終えた後に、社員が「自走」できなければECの売り上げの伸びは一時的なもので終わってしまいます。 男性と、担当社員間で分析方法を確認し合いながら、その手法を習得しました。
・②ロードマップの策定(リピート率の向上、新規訪問者の初回購入率の引き上げ、新規訪問者の増加)
・③サイト数十カ所を改良。さまざまな種類の珈琲豆に興味を持ってもらえるようなページも作成
・④社員がウェブ分析をできるように、副業人材がレクチャー
・⑤副業の男性が四半期ごとに異なる指標のデータを抽出しながらPDCAを繰り返す
「PDCAは自社でやるもの」 軽やかに吹き飛んだ固定観念
こうした地道なPDCAの繰り返しで、2020年6~12月の新規注文数は2019年10月から20年3月までと比べて約3倍に増えました。(対前年同期は直営店が休業している関係もあり19年10月から20年3月までの6カ月間と比較)。約1年間に及ぶ副業人材との仕事で、萩原珈琲が大きく変わったことがあります。 「一番の変化はPDCA(計画、実行、評価、改善)のうち、C(評価)をデータに基づき分析することができるようになったことです」 (萩原マネージャー)。副業人材を契約する前は、Cにはそれほど力を入れず成功や失敗を自社で主観的に捉えていたといいます。
「副業人材を活用する前までは、PDCAは全て自社でやらなければならないという固定観念がありました」。 ECの方向性や施策を考えることは自社で行い、副業人材にはデータ分析をお願いする。あらかじめ自分たちで行う部分を明確に決め、業務を切り分けたことも成功の要因といえます。
社内にも変化が生まれました。課題を計画的にゴールに結びつけるノウハウが浸透したのです。EC販売で学んだPDCAサイクルを活用し、直営の喫茶店事業の売り上げも伸ばすことができたといいます。「これまでは、オーナー側からのトップダウンで物事を決めることが多かったように思います。今は現場からアイデアの提案などボトムアップの決定も増えました」(萩原マネージャー)。
ECサイト改善による顧客リピート率向上に加え、PDCAや社内教育体制も変化した萩原珈琲。今は新規顧客の獲得に向けてPDCAを回している最中です。萩原マネージャーは「副業人材から得たノウハウは、色々な課題に応用できます。EC事業に加え、喫茶等の業務取引が並行して増えている傾向は、副業人材との当初に掲げていた目標に近づきつつあり、コロナ後はもちろん、10年後、20年後の道しるべとなりそうです」と話しています。
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