中小企業が抱える課題のうち、ツートップと言えるのが「人材の確保・育成」「営業・販路拡大」でしょう。石川県は県内の中小企業のそういった課題を解決するため、JOINSに登録する副業プロ人材を活用する事業を展開しました。今回は石川県の事例のなかから、製缶溶接・機械加工の事業を展開する旭ウエルテックの副業プロ人材を活用した取り組み「次世代の職人を育てる体制づくり」を紹介します。
目次
“加賀藩”の時代から連なる機械産業の歴史
石川県・金沢駅から車で20分ほどの白山市に、工作機械向けの溶接部品を手掛ける旭ウェルテックはあります。現在の山田裕樹社長は2代目。創業者である山田英示会長は、溶接工としての現場作業からは退いたものの、事業の根幹に関わる「値決めだけは会長にしかわからない案件があるんです」と山田社長は話します。
もともと、たしかな溶接技術を手に戦後の石川県で事業を起こしたのは山田社長の祖父、会長の父でした。そこから枝分かれした旭ウェルテックは、“加賀藩”の時代から連なる繊維機械や食品機械、工作機械の発展とともにあります。
「白山の工業団地に点在していた、澁谷工業や高松機械工業のような従業員数百人規模の機械メーカーから仕事を受け、会長は腕を磨いたようです。その技術継承は、先輩職人の動きを見て、覚えて、自分のものにする昔ながらのもの。今でもその職人の技の継承は、基本的に変わっていません」(山田社長)
中長期的な最重要課題「次世代の職人を育てる体制づくり」
関東の大学院を卒業後キーエンスで働いていた山田社長が、父親の跡を継ごうと石川県に戻ってきたのは7年前、30歳のときです。同じ製造業とはいえ、まるで違う業務内容をイチから覚え2019年に社長に就任しました。社長就任前から気になっていたのが、職人技の継承方法はこのままでいいのか、ということでした。
「属人的な人材育成には限界があります。人手不足の時代にあって職人を育てていくには、言語化、標準化が必要だと感じていました」(山田社長)
現状、旭ウェルテックに人手不足感はありません。山田社長が率先して行った自社ホームページの採用ページの刷新などが功を奏し、7年前15人程度だった従業員は倍以上の35人程になっています。とはいえ、そのうちの7〜8割が入社から10年以内の中堅と若手。変化の激しい今、「何十年もかけて見て覚えて職人になっていく」といった形で人材を育てる時間はありません。2代目の山田社長の時代を共に盛り立ててくれる中堅社員の“管理職”としてのマネジメント能力を高めることは、短期的にみても中長期的な視点でも最重要課題なのです。
次の一手に副業プロ人材を活用
人材育成に力を入れなければーーそうは思っても、社内のベテランの職人は、“背中を見て”一流の技術を身につけた人々。身に付けている技術や考え方を言語化し伝えられた経験もなければ、言語化し伝える訓練もしていない。しかも、現場作業だけでスケジュールがつまっているなか、中堅の育成のための時間をとってもらうのは至難の業でした。
そこで一昨年には、石川県産業創出支援機構の外部専門家の無料派遣プログラムを活用し、機械メーカーを定年退職した技術者の方に講師としてきてもらい教育する場をつくりました。
「上長としてのあるべき姿、職人としての気概、若手に技術とやりがいをどのように伝えモチベーションを高め、成果を最大化するかなど、熱い言葉の数々は大きな刺激になりました。ただ、40歳前後の管理職層はその言葉を受け止め、行動に移せるところまで理解できなかったのです。言っていることはわかるけど、やるのは難しいという人が大半でした」(山田社長)
次の一手をどうするか、考えていたときに県がJOINSとともに副業プロ人材の活用を推進していると聞いた山田社長。「人材の募集にはお金がかからないと聞き、ダメ元で副業プロ人材を募集してみた」と山田社長は言います。その時点では、外部専門家としてコンサルを雇ってダメだったのだから、副業プロ人材でも同じだろうと考えていました。
外部の人材活用は良い刺激になる一方で、社内に波風を立て不協和音を生じさせてしまう可能性もあります。そういった点を不安視していた会長にも、「ダメならすぐやめます」と伝え進めました。結果、十数人からの応募があり、4人の人材と面談。世界に名だたるIT企業で、数千人規模の正社員と契約社員の人事制度の再構築を行なった経験がある副業プロ人材に決めました。
「募集に集まった方々のプロフィールを会長と共有すると、“すごい人々だな”と驚いていました。面談させていただいた方々は、さまざまな視点から当社の課題や解決の方法などを指摘してくれ貴重な時間でした。契約した人材の方の決め手は、副業を始めるきっかけのお話などたわいない会話から課題解決の方法など事業戦略の話まで話の引き出し力があり、その場の空気への溶け込み方がずば抜けて上手いと感じたからです。言葉でのコミュニケーションが得意ではない職人とも、この方なら溶け込んで話をしてくれるのではないかと思いました」(山田社長)
40代の副業プロ人材のそのスキルは、旭ウェルテックの40歳前後の管理職にまさに身に付けてもらいたいと考えているスキルでした。若手の苦手だと感じていることを聞き出し、課題を抽出し言語化する。副業プロ人材に教育プログラムをつくってもらい、旭ウェルテックの従業員たちとやりとりをするなかでそのスキルまで吸収してくれたら……という希望の下、山田社長は副業プロ人材と契約しました。
副業プロ人材を活用した「次世代の職人を育てる体制」の作り方
2021年11月の契約後、東京都に住んでいる副業プロ人材は会社を2回訪問。訪問時以外は毎週オンラインでミーティングを行い、必要な情報などをアウトプットしてもらうというやりとりを続けています。契約から3カ月後の2022年2月には、「旭ウェルテックの管理職のあるべき姿」を言語化したスライドを作成。「管理職とは何か」「管理職に必要なこと」「会社のミッション、ビジョンにどうコミットしていくか」……まずは管理職の「あるべき姿」を知ってもらうための研修を行いました。
「やってみて分かったのが、5年後、10年後の会社のビジョンと管理職に理解してもらいたいことの間に高い壁があり、なかなか理解してもらうのは難しいということでした。目の前の仕事で忙しすぎる管理職にしてみれば、高すぎる理想を示しすぎたのかもしれません。今は副業プロ人材の方と話し合い、教育プログラムのロードマップの修正をしているところです。5年後、10年後のビジョンを理解してもらうには、同時に目の前の仕事のやり方も変えていかなければいけないなと気づくことができました」(山田社長)
一方で36歳の管理職の男性は、「副業プロ人材の方は、上からの押し付けのような発言がなく、私の話を同じ目線で聞いてくれます。こうやって若手の意見を吸い上げ、言いたいことが言えるようにするといいのだな、と感じます。レベルが高くなかなか行動に移すのは難しそうですが、マネジメントとはどういうものか、新しい考え方に触れられてよかったですね」と言います。
副業プロ人材を活用し次世代の職人を育てる体制づくりに着手したことで、旭ウェルテックの人材育成に必要なことが机上の空論ではなく、ひとつひとつ段階を追って具体化されつつあります。
新しい挑戦が好きな人が活躍できる職場
会社の壁に掲げられたポスターには、「一品物を一個から」と書かれています。これこそ、旭ウェルテックの強み。数十人規模の会社だと通常は3〜4社で分業する「材料調達」「溶接」「機械加工」を、旭ウェルテックには自社内で一貫生産できる体制があります。小ロット多品種での受注が多く、作るものはいつも同じではありません。鋼板、平鉄、角パイプなどさまざまな材料をニーズに合わせてどう加工するか、一品一品100分の数㍉を追い求めて形にしていく……つねに挑戦の作業です。
「こういった新しい挑戦が好きな人が活躍できる職場にしたいですね。そこへの投資は惜しみません。私が旭ウェルテックに入社してからDX化も進めていて、過去の製作情報を簡単に調べて当時の図面を共有できるようにしたり、すべての案件の納期までのスケジュールを見える化して共有できるようにするなどデジタル化を進め、“挑戦を生み出せる職場づくり”に力を入れています」(山田社長)
創業者から受け継ぎ、さらに成長できる組織とは
「山田社長の目に映る会長はどのような経営者ですか?」という質問に、「決断力がすごいんですよ。勉強になります」との答えが返ってきました。
「入社後、やりたいようにやってきて社長に就任しました。ですがコロナ禍で売り上げが下がったとき、一瞬、どちらに進めばいいかわからなくなったことがありました。そのとき、会長に相談すると“こちらに進むといい”と迷いなく道を示してくれた。トップとしての長年の経験を踏まえたその決断力は圧巻で、会長の肩を借りられる今だからこその自由なのだと実感しましたね」(山田社長)
強力な牽引力のある会長のもと、その後ろをついて行けば間違いはない、と寡黙で実直な職人が誇りを持って働く職場。これが会長がつくり上げた旭ウェルテックでしょう。引き継いだ2代目は、自分で考え動き、率直な意見を出し合い、若くても仕事ぶりに見合った報酬が得られる職場こそが「挑戦を生み出せる職場」だと考えています。トップに社長がいて、そのほかは全員、従業員として横並びではなく、組織としてそれぞれのチームを管理職がまとめあげ若手を育てていく体制。数十人規模となった会社には、マネジメントができる40歳前後の管理職が必要です。
「これまで捧げてくれた年月に報いる年功序列の評価制度では、今、頑張ってくれている人を正当に評価できないと思うんです。正当な評価ができないと、会社として健康ではない。やりがいを持ち、失敗をおそれず自由に発言し、自分で考えて動ける人を評価できる組織にしたいですね」(山田社長)