石川県は中小企業支援の宝庫!補助金、助成金を使い倒し、生まれ変わる老舗鍛冶店

中小企業が抱える課題のうち、ツートップと言えるのが「人材の確保・育成」「営業・販路拡大」でしょう。石川県は県内の中小企業のそういった課題を解決するため、JOINSに登録する副業プロ人材を活用する事業を展開しました。今回は石川県の事例のなかから、能登町の老舗鍛冶店ふくべ鍛冶の「採用と営業・販路拡大」の取り組みを紹介します。ふくべ鍛冶では、副業プロ人材2人をチームとして活用する方法で、上記の課題解決に取り組んでいます。

創業115年の老舗鍛冶店に革命を起こした「ポチスパ」

2年待ちでも注文が途絶えない「イカ割き包丁」

能登半島の北部、石川県能登町に「ふくべ鍛冶」は店舗を構えています。店内に入ると、見慣れた包丁のほか農業で使うナタやカマやクワ、漁業関連では「サザエ開け」「海人さん御用達のアワビ起こし」といった特徴ある形状の道具まで所狭しと並んでいます。「イカ割き包丁」のところにはなんと24カ月待ちの文字がありました。

地元の農業や漁業の発展とともに歩んできた、ふくべ鍛冶の始まりは大正時代、私の曽祖父の時代です。当時は馬車に農漁業具と金床(鋳鉄製の作業台)などを積み、30㎞圏内を行商していたそうです。刃物を中心に生活道具の販売、修理を続けて私で4代目。2020年1月に正式に跡を継ぎました」(ふくべ鍛冶4代目、干場健太朗社長)

3代目鍛冶職人である父親と二人三脚で事業を盛り立てていた母親が亡くなり、その翌年の2014年、干場社長は事業を承継しようと入店しました。34歳のときでした。そこから41歳の今まで、“新たな手法”で商圏を拡大しています。その1つが包丁研ぎ宅配サービス「ポチスパ」です。ネットで注文を受け付け、指定の梱包用の箱で包丁を配送してもらい、修理をして返送するポチスパの受注は、2018年の年間68件から2021年には同3400件へ約50倍に拡大しています。

マーケティングを担う副業プロ人材とは

安定した公務員から一転、4代目として跡を継いだ干場健太朗社長

赤字体質だった老舗会社を黒字化に導いた、このポチスパのさらなる事業拡大のため活用しているのが副業プロ人材です。募集したのは、オイシックス・ラ・大地のような卸売販売のルートを拡大するための「アナログマーケティング(営業)」と、ネット販売を強化するための「デジタルマーケティング」を行なってくれる人でした。いわば、顧客分析からターゲティング、広告施策から営業施策までを行なってくれる人材を求めたわけです。

「15人の方に応募いただき面談させていただきました。結果、能登町や金沢市に広げてみてもなかなか出会えない優秀な方々だったので1人に絞り切れず、2人の方と同時に契約することにしました。副業プロ人材2人それぞれに案を出してもらい動いてもらえば、良い刺激を与え合う“チーム”になってもらえるかもしれないなという期待もありました」(干場社長)

契約した副業プロ人材はどちらも東京在住。誰もが知る世界的IT企業と大手広告代理店でECサイト構築や会員データを活用した販売促進などデジタルマーケティング支援をおこなってきたAさんと、大手総合商社で新規事業の立ち上げを経験し、立ち上げた会社で営業責任者として売り上げを伸ばした実績を持つBさんです。

副業プロ人材2人と「チーム」で進む事業拡大の道

副業プロ人材の手で生まれ変わった採用ページ

Aさんはふくべ鍛冶で、主にデジタルマーケティングの戦略策定を行なっています。もともと、ポチスパや包丁のネット販売は30〜60代をターゲットとしてきました。それをより細かく設定しコストパフォーマンスが高い広告配信を行うため、まずwebページのアクセス解析サービスであるGoogleアナリティクスを使い的確なデータを取ることができるように整理しました。

Bさんは、干場社長との最初のミーティングで現場の体制と、過去、どのような広告宣伝を行いどのくらいの反響があったかを把握。それを踏まえると、現状は「需要より供給が追いついていない」ことに気づきました。そこで営業や広告施策より、今は採用を進めることが必要だと提案。宅配サービス経由のチラシで需要喚起しドンっと増えた注文を処理するには、包丁を研ぐ人を雇い、加えて作業場の拡大も必要だと考えました。

加えてBさんは「採用ページ作成」のため、能登町に訪問した際に自ら、ふくべ鍛冶の客先である中学校の給食室、水産加工会社を訪れインタビューし採用ページ内の文章を作成しました。客先には「地元にとってどんな存在か」、職人たちからは「1日のスケジュール」などをインタビューで聞き出し、働き方のイメージや働く喜びがイメージしやすい作り込みをしました。

「今後の戦略を踏まえたそういった採用ページのアイデアは、副業プロ人材にチームとして入ってもらったからこそできたことだと感じています」(干場社長)

副業プロ人材活用で変わった経営者の働き方と思考

ヒット商品「ポチスパ」専用BOXの前で語る干場社長

副業プロ人材2人が能登町のふくべ鍛冶を訪れたのは2回ほど。いつもは東京にいてリモートでふくべ鍛冶の仕事をしています。それでも干場社長は「離れていることの不都合は感じない」と言います。能登町にいる干場社長と、石川県内にいるデザイナー、東京にいる副業人材2人がチームとしてコミュニケーションを円滑にし作業効率を上げるためにSlack(スラック)というツールを使っています。このSlack上のやりとりで、Bさんが行いたい施策をAさんがデータに照らし合わせて考え、デザイナーに伝えるという流れができているのです。

「副業プロ人材の方とともに仕事をするまで、目の前の仕事を終わらせて次の仕事をとってくる、という短期的な思考でしか動けていませんでした。これからのために本当に大事なことに手を付けていないと気づきつつも手が回らなかったのです。それが、ともに悩み手を動かして解決してくれる副業プロ人材の方々と着実に進められているという実感があります。淡い期待ではじめた副業プロ人材とのプロジェクトチームですが、このチームなら能登町から海外展開も現実的に考えられ、うまくいくかもという予感は確信に変わっています」(干場社長)

中小企業の事業拡大は補助金・助成金を使い倒す!

次々と注文が入る包丁研ぎサービスに対応する職人確保も重要な施策の1つ

「副業には、片手間でやる、アルバイトに近いイメージを持っていた」と話す干場社長。副業プロ人材にかかる時給が平均3000〜5000円と聞いたときは、高い印象を持ったそうです。ただ、これまで業者に任せていたSEO対策やWeb広告対策費用は年間50〜150万円ほど。それ以下の予算でEC改善施策ができるのであれば、副業プロ人材に切り替えてみたいと考えました。今は副業プロ人材に、「月額報酬15万円の予算内でできること」をやってもらうという形にしています。

「当社のような従業員十数人の規模の会社が事業を拡大していくのに、国や自治体の補助金や助成金は何よりも後押しになります。副業プロ人材1人当たりにかかる費用のうち、マッチングプラットフォームJOINSへ支払う月額4万円全額と報酬15万円のうち10万円は、石川県や能登町の補助金によって賄えているんです。4月からは県の予算次第ですが3月までは、副業プロ人材に1カ月30時間ほど働いていただいて1人当たりの費用は約5万円ほどですんでいます」(干場社長)

事業費3000万円のうち約6割1900万円弱を補助金で賄う

補助金を活用し、店舗隣の空き家を取得し作業場を増設した

実は干場社長、大学卒業後は能登町役場で地元の中小企業の支援を12年間行なっていました。中小企業の事業拡大や課題解決の相談にのる立場だったので、そのために必要な資金に関する補助金申請の進め方はお手のもの。「コツは、新規事業にかかる設備投資のような大きなものから、SNSを使った販売促進施策といった小さいものまで、基本の事業戦略を1本の木として描くこと」(干場社長)。新規事業だけでなく、たとえば「作業場増設」や「従業員の報酬アップ」なども補助金や助成金を付けてリスク少なく回していけるといいます。

実際ふくべ鍛冶では、ポチスパ受注管理システムに「デジタル化設備導入補助金」、ECサイトリニューアルに「持続化補助金」、インフルエンサーマーケティングに「町地域資源活用補助金」、開発、販路開拓、SEO施策に「新製品開発補助金」といったようにさまざまな施策に対して9つの補助金を申請し採択されています。これから取り組む事業費3000万円強のうち約6割の1900万円弱を補助金で賄える計画が立っているのです。

老舗企業だからこそ必要なイノベーションとスピード感

3代目勝治氏は現役の鍛冶職人。「経営者の立場を離れ現場仕事だけを追求できる今が楽しいようです」と干場社長は笑って話す

「副業プロ人材とともに仕事をするようになり、これまで以上に次々とアイデアが湧いてくるようになりました」と干場社長は話します。「デジタル行商」もそのひとつ。行商をやっていた曽祖父の時代から、春になると農業従事者のところに出向き新しいクワの情報を提供するなど、タイミングに合わせた働きかけを行なっていました。農漁業を営む人からニーズを聞き、その問題を解決しより効率よく作業が進む道具を作る……。繰り返しやってきたことを、インターネットという場を変えて行うのです。副業プロ人材となら、レコメンド機能の反応を数字で追い、「魚がおいしい季節ですね」といった需要喚起のためのメール文送信の自動化も実現できます。

さらに「自動包丁研ぎ機の開発も進めているんです」と干場社長は笑顔で話します。鍛冶職人として一通りの技術を身につけるには、15年ほどかかると言われています。赤字体質の経営を何とか立て直す必要があった干場社長に、15年の修行の猶予はありませんでした。そこで、鉄を叩いて形を整えながら強くする「鍛造」は干場社長や会長(干場社長の父)と技術取得した職人が担当し、「溶接」「研ぎ」といった作業はそれぞれ新たに職人を採用しました。分業体制で技術を習得し、教え合えばいいと考えたのです。

「まずは包丁を研ぐ技術の習得から始めたのですが、父は職人気質で“見て覚え、感覚で掴み取る”ように言われました。一子相伝で伝えてきたこと、これを何とかできないか。ビデオを見て、写真を撮り、顕微鏡で拡大された研ぎ工程の画像を見て金属組織について学び、父の頭の中にある職人の感覚を言葉として引っ張り出し……半年ほどの研修で研げるようになる教育プログラムを作りました」(干場社長)

さらに職人の手作業より1.2倍以上早い自動包丁研ぎ機を開発できれば、今後、需要が拡大しても品質や生産性を安定させて対応できます。老舗ならではの確かな技術と信頼をベースに、時代の変化のスピードに合わせた事業展開を考えていく。ふくべ鍛冶の躍進の源はここにあります。