新型コロナウイルスの感染拡大で、国が緊急事態宣言を出し、外出自粛や特定の業種に休業要請する中で、中小企業の経営に影響が出始めています。先が見えない不安が続く状況でも、経営立て直しのため新規事業を決断し、副業・兼業プロ人材を活用しようという企業が出てきました。神戸市でコーヒー豆の焙煎、卸売りを手掛ける萩原珈琲株式会社はBtoCへの販路拡大を狙い、インターネット取引(EC)を強化するため、副業・兼業プロ人材の募集に乗り出しました。同社の萩原英治代表取締役マネージャー(38)に、決断に至った経緯を聞きました。
目次
外出自粛要請で、卸先や直営店が休業
神戸市灘区に本社を構える萩原珈琲株式会社は、創業92年の老舗で関西圏を中心に北海道から長崎県まで喫茶店や菓子店、レストランなど約1000カ所にコーヒーを卸しています。神戸、大阪市内の商業施設などに直営店6店舗を展開しています。
社のコーヒーの特徴は、初代・萩原三代治氏から受け継がれてきた炭火焙煎です。炭火焙煎は、豆の状態に合わせて炭火を調整しなければならず、ガス式など他の焙煎方法よりも手間はかかりますが、時間をかけた分、独特のコクや、まろやかな味わいが特徴です。炭火の遠赤外線で、豆の表面から中まで同じスピードで火が通ることで、コーヒーが冷めても味が落ちないと言われています。萩原マネージャーは4代目で、現在は父・孝治郎氏が代表取締役社長に就いています。
新型コロナウイルスの感染拡大は同社にどのような影響を与えたのでしょうか。萩原マネージャーは「3月に外出自粛要請が出て、卸先である喫茶店が休業したり、イートインをストップしたりする店舗が増え、4月ごろから売り上げが目に見えて落ち始めました」と説明します。売り上げは前年同月比で45%減という状況です。4月13日現在、直営店も3店舗が休業中で、コーヒー豆の店内販売のみ行っている状況です。
取引先に遠慮があったEC「筋の通った事業に」
萩原マネージャーは、新型コロナウイルスが拡大する前から社長や社員に理解を求めてきたことがありました。人口減少が進む中で、コーヒー豆を卸す喫茶店のオーナーらの高齢化が進み、事業承継しない、という店も目立ってきています。このため、BtoB事業に加えて、今後は消費者向けのBtoC事業にも力を入れたいと考えてきたのです。
実は、同社は10年ほど前からECを行っていましたが、表立ってPRすることはしていませんでした。萩原マネージャーは「卸売業のため、EC事業で消費者と直接つながることは、取引先にどこか遠慮のような気持ちがありました」と打ち明けます。社内でも「萩原珈琲を全面に出すことは、取引先に失礼になる。知る人ぞ知るコーヒーでいい」という考え方があったといいます。
ただ、焙煎師が手間をかけて生産した珈琲豆を、多くの人に飲んでもらいたいという気持ちは次第に強くなっていきました。東京で開催された神戸の物販フェアに出店した時、会場を訪れた人から「味はおいしいけれど、どこで買えるの?」と聞かれ、返答に詰まったこともありました。
萩原マネージャーは2019年10月にECサイトをリニューアルし「EC事業で収益性を改善して、自社の珈琲を全国に知ってもらいたい」と父の孝治郎氏を説得してきました。
その後、新型コロナウイルスが全国に感染拡大し、萩原珈琲の取引先や直営店が影響を受けました。父の孝治郎氏と今後の事業について話し合う機会も増えました。そして今回、初めて萩原社長が副業・兼業プロ人材の予算を組んだといいます。
萩原マネージャーは「ECを広げて多くの人に知ってもらい、『あの喫茶店に行けば、萩原珈琲のコーヒーが飲める』となれば、自社だけではなく、お得意さんも守ることになる。筋の通った事業に育てたい」と語ります。ECに力を入れてもこれまでの得意先が最優先であることは変わらず、サイト上に取引先である喫茶店の情報を掲載する計画です。
また、新型コロナウイルスの感染対策でテレワークを導入する企業が増え、「家でおいしいコーヒーが飲みたい」というニーズがあるという期待感もあります。
神戸市とJOINSの連携協定を活用
萩原珈琲株式会社が副業・兼業プロ人材を活用するきっかけになったのが、神戸市とJOINSの連携協定です。協定では、神戸市が「業務の効率化によるコスト削減」や、「新商品や新しい販路開拓のための新事業の創出」などを模索している市内の会社を募集、JOINSのシステムを使い、副業・兼業プロ人材とマッチングします。導入した企業は、セミナーなどで結果を公開します。成果が出れば、取り組みを推進していくという内容です。
神戸市の狙いは(1)高いスキルを持つ副業・兼業プロ人材と地域企業のマッチングを通じて、地域企業と産業を活性化すること(2)神戸で働くことに対するプラスのイメージを醸成し、地域のブランディングを図ること――の2点です。マッチングした場合は、神戸市が人材の人件費の半額(最大3カ月間で15万円)を補助します。
また、神戸市が今年3月、東京・有楽町の「ふるさと回帰支援センター」に開設した移住相談窓口でも、JOINSのWebサイトを活用して就労をサポートしています。将来的に移住やUターンを考えている人に、副業・兼業プロ人材として、まずはお試し移住をしてもらうという取り組みも始まっています。
萩原マネージャーは4月21日、神戸市役所で開かれたJOINSとの連携協定の記者会見にも登壇し、経営の現状や、兼業・副業プロ人材を雇おうと考えたきっかけを説明しました。萩原マネージャーは「正直、気持ちが落ち込む時もあります。でも、周囲にアイデアや意見をもらい、前に進みたいと思っています。いつかオンラインでの工場見学にもチャレンジしてみたい」。
東日本大震災を転機にした企業も
萩原珈琲株式会社のように、災害をきっかけに新規事業を始め、会社の事業の柱に成長させた企業はほかにもあります。宮城県気仙沼市の水産加工品の製造・販売を行う株式会社斉吉商店は、2011年3月の東日本大震災で本店や工場や営業拠点を失いました。
しかし、震災をきっかけにこれまでOEM(他社ブランドで販売される商品の製造受託業務)から、自社ブランドの製造・販売業務にシフト。EC事業をスタートさせ、2018年には日本橋三越本店に東京では初めての常設店をオープンしました。
株式会社斉吉商店の斉藤吉太郎常務は当時を振り返ってこういいます。「実は、震災前から他社ブランドで販売される商品の製造受託業務を続けているだけではダメだ、自社ブランドの製造・販売にシフトしたいという考えは持っていました。しかし、なかなか実行できなかったんです。でも、震災をきっかけに、本当に自分たちがやりたいことと向き合った結果、大きく舵をきる覚悟ができました。
今回のコロナでは百貨店での販売に大きく影響が出ていますが、これをきっかけにまた震災の時のように大きく変身したいと思っています。」
東日本大震災と今回のコロナショックでは直面している企業に与える影響は異なることも多いですが、共通することは外部環境の変化によってこれまでと同じことができなくなる状態が発生する点です。
こうした状態を自社の変革のきっかけにすることは言葉では言うのは簡単ですが、それをやり遂げた経営者には、その後の外部環境の変化にも強くなっていることがよくわかります。
ブランディングに共感した人が応募してくれた
話を萩原珈琲株式会社に戻します。なぜ同社は、EC強化にあたり、外部企業への委託ではなく、副業・兼業プロ人材の活用を選んだのでしょうか。萩原マネージャーは理由についてこう説明します。「応募してくれた方は、『コーヒーが好きで、SNSを見て共感した』という方が多い。ともに仕事をする上で、萩原珈琲のブランディングを理解していただける方がいいと考えました」。外注先の企業は選べても人を選ぶことは難しいですが、副業・兼業プロ人材の場合は、応募した人の企業への共感や熱意を含めて選考できるというメリットがあります。
4月に募集をスタートしたところ、予想を上回る応募があり、今は選考を進めている段階です。萩原マネージャーは「私たちはWebサイトを運営するノウハウがないので、SNSの活用を含めて、プランニングやスキームを考えていただける人に来てほしい」と語ります。同社のEC比率は現在3%ほどですが、近い将来1割まで引き上げる計画です。
コロナウイルスの収束は見えず、先が見えない焦りはあります。ですが、萩原珈琲株式会社が副業・兼業プロ人材の活用で、ピンチをしなやかに乗り越えようとしている様子を、全国の中小企業の経営者に知ってほしいと思い、インタビューをお願いしました。これからも同社の副業・兼業プロ人材活用の様子を取材したいと考えています。
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